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もう、きっと疲れたんだ。
「疲れちゃったのよ」
戯言を一人呟き、其れが其の儘消えていく。残したくもないから如何でも良い。消えるなら其の儘、流れに逆らわず。
伸ばした手の先は天井を指し、けれど短過ぎるから届かない。くだらないから力を抜いて崩した。
先程の行動に意味は無い。在ったらおかしい。
嗚呼、何て馬鹿な事を。
「夏バテかなぁ」
大の字で仰向けに寝転がっていながらまた呟く。
今は夏。太陽の強い日差しのせいか、最近何にもやる気が出ないのだ。
何故か近頃になって友人が全く遊びに来ない、と言うのも原因の一つかもしれない。
故に掃除は放って置いた儘。
家事は自分が生きて行く為に必要だから最低限やってはいる、と。
蝉の鳴き声。歪む彼方。何処までも澄み渡る青空。そして太陽。
(貴女が居ない。)
違う違う。ああそんな事今は如何でも良い!
景色を見て刹那に思ってしまった事を慌てて打ち消す。情けなく顔を少しだけ紅く染めて。
ぶんぶんっ、勢い良く頭を振ったら抱えて、馬鹿みたいだと自嘲。
(聞きたいな、)
したけど頭から離れなかった。
(貴女の声。)
(欲を言えば貴女の瞳も見たいな。)
うああっ!違う違う馬鹿馬鹿馬鹿何考えてるのっ!
ぶんぶんぶんぶんっ、痛い位に頭を振って振って振って。汗の飛沫も飛ぶ飛ぶ。
くそぅ自分らしくない、ぎりと唇をかみ締めて恥ずかしさとかに耐える。ああもう!
刹那に、
「よぉ霊夢、何一人で怪しい事してんだ?」
聞こえた愛しい声。
嗚呼、待ち侘びた貴女の声。そして私を見据える淡黄色の瞳。
声を聞いた瞬間、瞳で見つめられた瞬間、
死んでも良いとさえおもった。(同時に疲れも打っ飛んだ)
(君が居れば暑さ何かには負けないよ、絶対。)
寒い。非常に。この上ないって位に寒い。
今は冬。否本当はもう春の時期なのだけれど今年の冬は妙に長くて。
噂によると何処ぞのアホ幽霊が従者に春を集めるように命じたらしく、結果が此の様。
少しは周囲の迷惑も考えて欲しいモノだ。
(此れも噂だけど博麗の暢気巫女が漸く動き出したらしい。なら安心かな。)
「永琳、寒い」
「そうですか。」
傍らにいる従者(だと思う)に言っても、特に何をするでもない。唯返事をするだけ。
因みに此のやり取りを彼是数十回繰り返している。
矢張り隠れ住む身、何処かしら平和ボケをした所も多々あるのだろう。多分。
「………もう良い、えーりんの馬鹿っ」
いい加減痺れを切らして永琳にそう吐き捨てると、私はイナバ達の所へ向かった。
寒い。すごく。月の兎とは言ってもやっぱり兎だから、寒さには本当に弱い。
ああもう隣にいるてゐ何て微動だにしていないじゃないの。
幾ら妖怪化した兎とは言ってもやっぱりうさぎだから同じ、と言う訳。
「何で今年の冬はこんなに長いのよ…、凍え死ぬー」
「妖怪がこの位で死んで如何するのよ」
「とは言ってもレーセンだって今にも死にそうじゃないのよ」
「………正直言うと死にそう」
お互い様じゃん、てゐはそう言って何処かへ行ってしまった。きっと師匠の部屋だ。
あそこは暖かいし師匠だって別に何とも言わないし。(でも薬の実験台にされる可能性は高くなる)
とりあえず師匠の部屋は絶好の場所なのだ。
「…はぁ」
一人になると余計に寒く感じる。シン、静寂が余計にそう感じさせる。自分も師匠の部屋に行こうかな。
そんな事をぐるぐると考えていたら突然、背後から声が。
「イナバっ」
「っ、と、…!―――姫様…?」
した刹那に感じた姫様の体温。回された腕。肩に乗る頭。さらさらと靡く綺麗な髪。
「あー…やっぱり兎は暖かいわねー…」
「…ちょ、っと、あの」
「生きてる暖房器具ー」
そう言って一層強く私を抱き締める。少し苦しい、かな。と言うか姫様私の言い分オールスルーしてる!
ううう文句言ってもきっと聞いてもらえやしないだろうから諦めて為されるが儘になっていよう。
「永琳なんかよりイナバの所に居ようかなぁ、今度から」
「…えと、ありがとうございます…?」
最後に疑問符が付いちゃったけど、否此の場合は仕方ないって絶対。
あああとか言ってる間にも姫様にどんどん体温が奪われていくっ。
でも言っちゃあ悪いけど姫様子供体温だからあんまり奪われてない気がする。
きっとこれからも子供体温の儘で在り続けるんだろうな。そのせいで月の都から追放された訳だし、ね。
姫様と同じ様に、私も在り続けられたら良いな。
「ね、イナバ。これからも宜しくね」
「え、う、あ…こ、こちらこそっ」
「主に冬場」
「そう言う意味ですかっ」
(レーセンと輝夜ってあんなに仲良かったっけ…?)(……(何故だろう腹が立つ)
「…ふふふっ」
声が零れた。笑い声。自分の、笑い声。そして指に付いていた血を舐め取る。
不味いとか、気持ち悪いとか、全く感じない。吸血鬼だから。
それにこの血は、魔理沙のだから。
不味いなんて、気持ち悪いなんて、微塵も思いはしない。
「魔理沙、魔理沙」
はしゃぐ様にフランドールは名を呼ぶ。赤黒く染まった魔理沙の屍を愛しげに抱えて。
「綺麗だね、魔理沙。真っ赤で、」
フランは酔っているかの様に屍に言った。嬉しそうに、嬉しそうに。
当然、返事など永遠に返って来ない、と言うのに。
手を取り甲に口付けを落とす。ちゅ、乾いた唇の音が紅の世界に小さく響く。
幸福に満ちた口付けが終わり、唇を離した。
今、彼女は、フランドールは幸福に満ちているのだろう。
満足なのだろう。
けれど、
けれど、
何時か気付く。
もう自分に笑いかける事はないのだと、
頭を優しく撫でてはくれないのだと、
二度と、
魔理沙の甘い声を聞く事は無いのだと。
「…っ、ま、りさぁ…」
悦びに満ちていた表情が刹那に歪み、声色も涙声に変わった。
気付いた、のだ。
「ごめん、なさい…ッ…」
(判ったよ、全てが間違いだったと言う事が。)